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大和田駅で京阪電車を撮影する その3

今回は前回までと異なり淀屋橋方面に向かう車両の写真です。

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■ 8000系(8008F)による 特急 淀屋橋

大和田駅から淀屋橋方面へ向かう車両は上の写真のように大きくカーブしておりかっこよく撮れるのでオススメです。京阪本線の複々線区間にある駅ではここが1番良い感じに撮影できるのではないでしょうか?ここでの撮影の難点はカーブのせいで列車が直前まで見えないのであらかじめ準備しておくのがいいと思います。

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■ 3000系(3005F)による 特急 淀屋橋

快速急行用として鳴り物入りで登場した3000系ですが快速急行が激減し専ら特急運用に就いてる姿を見るとなんだか悲しくなります。

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■ 6000系(6014F)による 急行 淀屋橋

前回紹介した6014Fの大阪方先頭車です。こちらはVVVFインバータ制御の試験を受けてないので6000系オリジナルの前面となっています。京都方先頭車との前面の違い分かるでしょうか?

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■ 1000系(1504F)による 急行 淀屋橋

以前までのダイヤでは日中に急行の運転はなかったのですが、2011年5月のダイヤ改正より日中の運転が復活し準急以下の種別で走ることが多い1000系などの車両が急行で走るのは新鮮です。
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大和田駅で京阪電車を撮影する その2

前回に引き続き大和田駅で撮影した京阪電車の写真です。

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■ 新塗装となった1000系(1502F)による 準急 出町柳

この1000系は既存の車両の足回りを交換する改造を受け1977年から1978年の間に7両編成6本が製造されました。製造当初は抵抗制御でしたが1991年から始まった改造により界磁添加励磁制御に変わり回生ブレーキが使用できるようになりました。またこの改造の際に昔の京阪の車両によくあった(?)助士側窓のサッシがなくなり現在の様な前面となりました。

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■ 大和田駅に進入する2200系(2226F)による 普通 出町柳

2200系は急行用車両として1968年までに98両が製造され、その後1985年の急行8両化に伴って新たに中間車5両が製造され最終的には合計103両となりました。今では8両を組む編成もなくなり7両編成13本となっています。この2200系も先に紹介した1000系同様抵抗制御から界磁添加励磁制御に変更した車両がいます。

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■ 2200系をベースにしている2400系(2451F)による 急行 樟葉

2400系は京阪で初めての新製時からクーラーを搭載した車両で1969年から1970年にかけ7両編成6本が製造されました。2200系をベースにしているので互いに似ていますが、前面では2400系だと前照灯が小さくなっています。またこの車両も抵抗制御を界磁添加励磁制御にする改造を受けています。

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■ 大和田駅を通過する2600系(2634F)による 急行 樟葉

この2600系は車体と機器流用車の0番台と新製である30番台の2つのタイプがいます。
0番台は2000系(スーパーカー)の車体と機器を流用し1982年までに103両が、30番台は1981年に28両が製造され京阪の通勤車としては最大勢力を誇っていました。またこの車両は前面が数種類あったり、多種多様な台車を履いているのが特徴となっています。

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■ デザインを一新した6000系(6014F)による 急行 樟葉

6000系は京阪本線が1500Vに昇圧するのに合わせ昇圧に非対応となる旧型車両を置き換えるために製造されました。今までの前面デザインを大きく変更しプラグ式の貫通扉を左側に寄せるものとなり、このデザインは10000系まで採用されています。また写真の6014Fの京都寄り3両は長期にわたりVVVFインバータ制御の試験が行われ(残りの車両は界磁位相制御)その後編成内の制御方式を統一するため試験を受けていた3両を7000系に編入しその埋め合わせとして7000系ベースの界磁位相制御車が編入されました。なので先頭の6014は7000系スタイルとなっています。

次回は同じ大和田駅から淀屋橋方向に向かう車両の写真を紹介しようと思います。

大和田駅で京阪電車を撮影する その1

今回は京阪電車の写真を紹介しようと思います。撮影地はタイトル通りの有名撮影地である大和田駅です。

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■ 京阪特急の代表格である8000系(8001F)による 特急 出町柳

写真の8000系は現在8000系30番台となっている旧3000系の増備という形で1989年に誕生しました。当初の計画では多く製造するはずではなかったのですが、旧3000系との車内設備の格差もあり利用者の人気が高かったため計画を変更し旧3000系を1本だけ残し、残りの編成を置き換え最終的には7両編成10本が製造されました。製造当初は7両編成でしたが旧3000系に試験導入したダブルデッカーが人気を博したため1997年より8000系にもダブルデッカーを組み込み現在の8両編成となりました。その後2008年より塗装変更とリニューアル工事が行われ車端部がロングシート化されたり伝統であったテレビカーが廃止されたりしました。

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■ 新3000系の投入により8000系30番台となった旧3000系(8531F)による 特急 出町柳

写真の旧3000系は特急用車両の増備と1900系置き換えのため1971年に誕生し1973年までに9編成58両が製造されました。製造当初は3,4両編成で日中はそれらを連結して6,7両編成で運転されていましたがその後の改造により現在のような固定編成となりました。8000系の登場後は徐々に廃車にされ残った機器の一部はその後製造された8000系に流用されました。なお京阪本線から退いた旧3000系の一部は現在富山地方鉄道や大井川鉄道で活躍しています。

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■ 旧3000系に替わって誕生した新3000系(3005F)による 特急 出町柳

この3000系は中之島線開業に合わせ中之島と出町柳を結ぶ快速急行用の車両として2008年に誕生しました。この3000系は従来の一般車と異なり青色を基調とした塗装となっているのが特徴の1つです。登場当初は本来の計画通り快速急行や通勤快急中心の運用に就いていた3000系でしたが、中之島線利用者の伸び悩みによって日中の快速急行の本数が激減し今や日中は特急の運用に就いてる姿が多くなっています。

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■ 新塗装化が完了した9000系(9001F)による 急行 樟葉

架線柱の影により少し残念な写真になっていますorz。この9000系はラッシュ時の特急の混雑緩和やサービス向上を目的に1997年に誕生しました。登場当初車内はセミクロスシートでしたが2008年よりロングシート化されその時撤去されたクロスシートは以前紹介した伊賀鉄道200系で再利用されています。旧塗装時は水色の細帯があったためほぼ同時期に登場した7200系との外見上の違いは大きかったのですが、その後某大手銀行を彷彿させる新塗装化によって両者の差はほぼなくなってしまいました。


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